【Vol.22】技術者倫理とレジリエンスエンジニアリング

2020.09.24 労働安全衛生法の解説

レジリエンス」という言葉をご存知ですか?
いいえ。
回復力」や「復元力」を意味する英語です。
元々は物質の持つ「弾力性」という物理用語だったのですが、最近は心理学で使われるようになりました。
それが会社の業務とどう関係があるのですか?
それがさらに工学に転用され、レジリエンスエンジニアリング(resilience engineering)という
新しい安全へのアプローチ手法になりました。
レジリエンスエンジニアリングですか、聞いたことがないです。
「安全を達成する組織が、安全を達成するために必要な能力を熟成するツールを開発し、提供すること」(Erik Hollnagel, 2006)というのがその定義です。表①参照

職場の安全が目的の工学手法ですか。
そうです。
ちなみに最近、職場の安全が最も劇的な形で問題になったのはどのような事例ですか?
分かりません。
2011年3月の福島第一原子力発電所の事故です。
日本原子力研究開発機構の大場恭子技術副主幹の講義を受けてその事例について学ぶ機会がありました。
教えてください。
まず「安全」とは何でしょうか?
事故がないことでしょうか?
そうですね。
もう少し厳密に言うと、安全とは「受容できないリスクがないこと」という定義になります。
ただし、絶対的な安全というのはありえないので「リスクを許容なレベルまで低減させることで達成される」とも言われています。
(日本工業規格 Z 8051:2004(ISO/IEC Guide 51:1999)
なるほど。
安全というのは普段は意識されず、事故が起きて突如問題となります。
そうですね。
許容ラインを超えたリスクが事故ですよね。
はい。
福島の原発事故では、所員の被曝はありましたが、一般人の被害はありませんでした。
現在の日本では事故とみなされますが、昔の日本では事故とみなされなかった可能性があります。
そうなのですか。
事故の定義は文化状況によって変わるということです。
それはまあそうですね。
その安全を、復元力という視点から確保する手法がレジリエンスエンジニアリングです。
被害が発生した時点からスタートするということですか?
そうです。機能が低下した状態から回復し、被害の拡大を回避することが目的です。
具体的には何をすればいいのでしょうか?
レジリエント(resilient)であるために必要な4つの能力が図①の通りです。

PDCAサイクルと似てますね。
これらの4つの能力を発揮するために必要となるのが使命感です。
技術力や管理能力では無いのですか?
もちろんそれらの能力は重要ですが、その上に位置するのが使命感という倫理なのです。
そうなのですか。
倫理という言葉は、明治初期に西周という哲学者が、エシックス(ethics)というヨーロッパ語にあてた訳語です。
「道徳」という、それまで存在した漢語ではそのニュアンスが出しにくいため、新しい漢語を作り出したようです。
武士道や大和魂というのも倫理ですか?
そうです。
「労働者倫理」というのがレジリエンスエンジニアリングの中核にあり、職場の安全をつくる際に最も重要な要素になります。
なるほど。
2011年3月11日に発生した、人類史上3番目に大きかった地震、しかも昼間に発生した東日本大震災時の東北新幹線の人身災害はどれくらいかご存知ですか?
いいえ。
ゼロです。営業運転中だった27本の新幹線は緊急停車し、死亡事故はゼロでした。
すごいですね。
JR東日本の社員は、1995年1月に発生した阪神淡路大震災時にJR西日本への応援を通じて倒壊した8本の橋脚を見て、被害を実感し、
既存の耐震設計では橋脚崩落の可能性があると認識しました。
それを活かしたわけですか?
早期地震検知システムを改良し、地震に備えました。
素晴らしいですね。
阪神淡路大震災で倒壊しなかった橋脚に注目して、耐震対策をとりました。
そうなのですか。
2003年5月の三陸南地震でも、2004年10月の新潟県中越地震でも、乗員乗客の死傷者は
ゼロでした。
それが2011年3月の東日本大震災時の対応に繋がるのですね。
そうです。
過去の失敗から学ぶという技術力と管理力も素晴らしいですが、技術者精神があってのことですね。
阪神淡路大震災の崩壊した高架橋を見たJR東日本の技術者は「吐き気を覚えるほどの衝撃を受けた」そうです。
普通はそこまでは感じませんよね。まあ他人事ですから。
その「他人事」の中で「当事者意識」を持つことが技術者倫理ですね。
当事者意識は「使命感」と言い換えることができます。
なるほど。
東日本大震災後の行政対応(被災地慰問)に関して、災害発生19日後の、
2011年3月20日朝日新聞に図②のような記事があります。

・・・。
石原慎太郎元東京都知事は、この言葉を聞いて絶句したそうです。
当事者意識」の強さが尋常では無いですね。
日本国憲法(図③参照)に定められた自らの職務を心の底まで認識されていたのでしょう。

災害時に人間の本性は出ますからね。
その通りだと思います。
大雨、地震、台風が四六時中発生する日本列島で生きていくには、これらの偉大な精神から学ぶ必要があります。
その通りだと思います。
自分たちの組織のポジティブな部分に目を向けて安全を考えることが、
レジリエンスエンジニアリングの要諦です。
そしてその工学手法を支えるのが「使命感」という技術者倫理です。